こんばんは、ちゃママです。(現在23:00)
ブログに遊びに来てくださった方に、何かしらプラスになることを書きたいと思っていますが、今日はわたしの心のモヤモヤを書くだけなので、重要度低いです。
吐き出したいだけなので、短めに。
今日は久しぶりに…
久しぶりでもないか。
下の部屋のお母さんが爆発していました。
午前中、息子が宿題を終えたので、みんなでWiiで遊んでいたら、バタン!ドン!ガチャン!というドアを強く閉める音。
そのあとに「ウェ~~~ン」というYちゃんの泣き声。(Yちゃんは息子と同じ小1の女の子です)
(あ、まただ…)
「あぁ~、またYちゃん泣かされてる~」と言う息子。
「かわいそうだな…」と言う主人。
冬休み中も何度かあったし、元旦の朝も泣き声が聞こえていました。
毎日泣いているわけでもないし、大笑いしている声が聞こえてくることももちろんあります。
何に対して怒っているのかもわからないので、何とも言えないんだけど…
そこまで(泣くまで)怒らないと気が済まないのだろうか?
子どもが泣くことが叱ることだと思っているのかな?
と思ってしまうくらい激しい怒り方。
わたし自身、大声で怒鳴られたら、怒られている内容よりも、その大きな声や態度が怖くて泣きそうになってしまうタイプ(いわゆるHSP)なので、Yちゃんが大声で怒鳴られていることを想像すると、かわいそうでならないのです。
ある程度、親が感情をさらけ出すことも必要だとは思います。
本当にいけないことをしたときなどは、その真剣な気持ちを伝えるためにも。
でもYちゃんの場合、かわいがりかたと怒り方のギャップがあまりにも激しすぎるように見えて、Yちゃんの心はどういうふうに育つんだろうと心配になるのです。
わたしは専門家ではないのでわかりませんが、あまりにギャップが激しいことを繰り返すと、親の顔色を伺うようにならないのか、将来人を信じることができるのだろうかと。
わたしだったら、怒られないように仮面をかぶって過ごすかもしれない。どこまでやれば怒られるのか考えて、言動するようになるかもしれないと。
下の部屋に住んでいるといっても、息子とは性別もクラスも違うので、付き合っている友だちは違うし、登下校の時間も違うのであまり顔を見ません。
ところが先日、ゴミ捨てに行った帰りに学校に行くYちゃんに会ったとき、
「おはよう!今日も寒いね!滑らないように気をつけて行ってね」
と声をかけたのですが、無表情で、あいさつも返事も何もなく通り過ぎて行ったのです。
声をかけられて照れて答えられないというのはよくあることだと思うのですが、照れているならニコニコくらいはするかな?と思いませんか?
お母さんは厳しくしつけているつもりなのかもしれませんが、わたしの顔を見たのにあいさつもしない、笑顔もない、元気もない。
これってどうなんだろうか。
だからといって、わたしには何もできないんだけど。
だからモヤモヤ。
気持ちをここで整理するために書きました。
自己肯定感が大切だとか、非認知能力を育てることが大事だとか、マルトリートメントとか、テレビでもネットでもたくさん見かけるようになってきたのに、そもそもの考え方が違うんだった…
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今日は何も書かないでブログを休もうと思いましたが、自分のために書きました。
ここまで読んでくださってありがとうございましたm(_”_)m
暗い気持ちにさせてしまったのならごめんなさい。口角上げて、笑顔、笑顔。
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